白瀧不動尊

Shirataki Fudo  「小泉八雲探訪」ウェブマスターの検証により、「東洋最初の日」でミヤ(浅間神社)の後に訪れた寺と同定された場所。
 ヘルンはミヤ(浅間神社)を出ると間もなく、左に遠浅の干潟、右に小高い丘のある道を通ったと書いている。
 これは当時の本牧の景色を表現したものである。戦後この一帯を接収したアメリカが大規模な埋め立てを行ったため、当時の様子は微塵も残っていない。
 白瀧不動尊は、本牧を通り過ぎた先の根岸にある。周辺の様子とは違って、この寺自体はヘルンの記述の様子をそのままとどめている。
 ヘルンが「足が痛くなるほど」と書いた石段は、段数は88段と多くないが、段ごとの段差が大きいので、生活上の通行にも不向きなほどである。ヘルンの時代に存在していたかどうかはわからないが、現在はこの石段の右側に、生活用の緩やかな石段が設けられている。丘の上に米軍住宅があるため、アメリカ人の行き来もよく見られる。
 その左脇の滝も現存している。ただし現地の人の話によれば、滝の水量は昔と比べてずっと少ないのだという。また面白いことに、ここは真言宗智山派の寺なのだが、現地の人の多くはここを神社だと思っているらしい。
 明治時代の碑なども多く残っているが、お堂は関東大震災で倒れた後に再建されたものである。お堂や石段の周囲には、当時の瓦や石柱の残骸と思われるものが今でも残っている。
 ヘルンが訪れたときには既に寂れていたらしく、現在も雑草が生い茂り、あまり訪れる人もいない様子だった。しかし昔は門前町が出来るほど栄えたこともあったという。「不動下」「不動坂」「滝の上」などの地名が残っていることが、往時の隆盛を今にとどめている。

横浜駅からのアクセス
map JR根岸線で根岸駅下車。1番乗り場から出るバス(どの系統でも可)に乗り、「不動下」下車すぐ。駅から歩いても10分前後。
 【元町浅間神社から】元町・中華街駅方向に戻り、駅の手前、左側にある橋を渡って正面にある「山下町」バス停で、横浜市営バス58系統に乗車、「不動下」下車すぐ。

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