林光寺
「知られざる日本の面影」所収「地蔵」で、ヘルンがアキラと共に訪れている寺。ヘルンも書いているとおり「久保山」というところにある。丘の上にあり、寺に隣接する墓地からはみなとみらいなどの景色が一望できる。
横浜の人間は「久保山に行った」と聞けば「どなたか亡くなられたのですか?」と問い返す。大きな火葬場を中心に、寺院、墓地、石材店、お茶屋など、葬儀に関連する施設が集中する界隈である。本サイトのウェブマスター自身も、久保山は何度も訪れたことがあるが、葬儀以外の理由で訪れたのはこの林光寺訪問が初めてであった。
この寺の創建時期や由来は不明である。「地蔵」の翻訳ではこの寺の漢字表記がバラバラになっているが、正しい漢字表記は古くは「臨江寺」、1885年に現在の「林光寺」に変更された。もともとこの寺は野毛の成田山横浜別院の近くにあって、入り江をのぞむ場所という意味で「臨江」だったのが、横浜市の命令で現在の場所に移転することになり、移転先が丘の上だったことから「林光」としたのだという。いずれにしてもヘルン訪問当時の表記としては現在と同じ「林光寺」が正しい。
寺の入口にある紋章は鎌倉幕府で実権を握っていた北条氏の家紋である。これはこの寺がもともと、北条時頼を開基とする建長寺の別院であったことをあらわしている。
第二次大戦のときに空襲にあって焼けてしまったため、ヘルンの訪れたときにあった物品や昔からの記録はことごとく現存していない。アメリカ人は火葬という慣習になじみがなく、高い煙突の立っている火葬場の建物を工場と勘違いして爆撃してしまったらしい。
寺の門前には身代地蔵があるが、これもヘルン訪問当時のものではないらしい。結局この寺には当時を偲ばせるものは何もないというのが実情である。
横浜駅からのアクセス
JR横須賀線下りで保土ヶ谷駅下車。東口バス3番乗り場から、市営バス32系統に乗車して「久保山霊堂前」下車、徒歩1〜2分。
【東福寺(赤門)から】
バス停「初音町」(赤門とは反対側)から市営バス32系統保土ヶ谷車庫行きバスに乗り「久保山霊堂前」下車、徒歩1〜2分。
戻る
All rights reserved. Copyright © 2008 by FUKUSHIMA Daichi