雨森信成墓所
キリスト教の洗礼を受け、讃美歌の日本語訳にも取り組んだ。
横浜初のカフェを開いた。
後に突然棄教して日本の伝統的信仰に回帰した。
洋行で身につけた英語力で日本の伝統文化を語り、フェノロサやヘルンなど、日本について書いた西洋人に多大な影響と援助を与えた。
横浜グランド・ホテル出入りの洗濯屋だった。
雑誌「アトランティク・マンスリー」に、優れた英語の論文「大和魂」「ラフカディオ・ハーンという男」の二編を寄せている。
本サイトの制作者は、雨森信成と自分の間に一つの大きな共通点があると思っている。それは、その人に関するエピソードを並べてみても、要するにその人が何者なのか、よくつかめないであろうこと、である。
雨森という人については平川祐弘氏の著書「破られた友情」の中に詳しく紹介されているが、晩年のヘルンが心を許した数少ない友人であったらしい。ヘルンの「ある保守主義者」は彼のことを書いたものと言われており、その一編を収めた著書「心」が雨森に献呈されていることが知られている。写真にあるとおり明治39年すなわち1906年没というから、ヘルンの翌々年に世を去ったことになる。
彼の墓所はいくつかの資料で「相沢墓地」と紹介されている。この一帯は実際かつては相沢といったのだが、行政区画の名前としてはこの地名は現存せず、墓地も「根岸共同墓地」と呼ばれている。ヘルンの眠る雑司が谷霊園のようにたくさんの有名人のお墓があるところではないので、区画名の標識もなく、案内図もないが、お茶屋さんで尋ねれば場所はすぐ教えてもらえる。
ところでこの根岸共同墓地には、本サイト制作者の祖父母(母の実家)の墓所もある。そこも一緒にお参りしてほしいなどという義理ではもとよりないが、現地を訪ねることがあったならば、そんなことが書いてあったと思い出していただければ幸甚である。
横浜駅からのアクセス
(1)横浜駅東口11番バス乗場から103系統バス、またはJR桜木町駅4番バス乗場から21系統バスで「山元町2丁目」下車、徒歩約5分。バス通りを少し戻って、(サイト制作者の祖父母の菩提寺である)西有寺の脇を入り、寺が並ぶ路地を道なりに行くと、左側に墓地がある。なお、白瀧不動の最寄バス停「不動下」(元町百段からの行程で降りる停留所とは道を隔てた反対側)からも21系統のバスに乗ることができる。
(2)JR根岸線桜木町駅2番乗場、JR横須賀線保土ヶ谷駅東口3番乗場、横浜市営地下鉄蒔田駅、京浜急行線井土ヶ谷駅のいずれかから11番系統バスで「増徳院前」下車、徒歩約5分。増徳院の前にある坂を下って、つきあたりに墓地がある。雨森の墓地に行くには左折。
この墓地の向かい側には2軒のお茶屋があるので、尋ねれば場所を教えてもらえる。なお、地図中の★印は、この写真を撮影した地点である。この写真の中心に見える植え込みのところが雨森の墓である。
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