制作日記(2)
50センチの祝賀行事(後編)
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2000年某月某日

 翌年、私はまたしても松江を訪れた。そんなに長期の休みがとれるわけでもない会社員の身としては、つぶさにあれこれ見て回るには、何度か訪問しなければならないというわけだ。行けば行くほど見たいネタが増えて、けっきょく再訪することになる、という言い方もできるかも知れない。
 そんなわけで、1年おいての訪問では、前回訪れていない場所を中心に回ったのだが、例の隠れた記念碑の場所は再訪した。わざわざもう一度行く理由があったわけではない。松江大橋の近くなので、松江で八雲ゆかりの地をめぐっていれば、否応なしにこの駐車場の前を通るのである。逆に、駐車場の前を通るのに、敢えて目をそらす理由もないから、再訪したのである。
 とはいえ、まったく何の期待もしていなかったというわけでもない。というのも、この2000年という年は、ヘルンの生誕150年にあたる年だったからだ。祝賀行事の一環として、何かこの場所にも新しい紹介板などが立っていたりしないかな、ということも考えないではなかったのである。もっともこの場所を訪れるまでに私は、松江のヘルン生誕150年が、そんなに仰々しいものではないということを見聞していた。この4年前に岩手県の花巻で、宮沢賢治の生誕100年を祝う、いささか宗教がかってさえ見える麗々しい行事の数々を見ていただけに、この静かさは多少意外であった。もっとも、物事の祝い方などは人それぞれで良いのであって、どちらが正しいなどと言えるものではないが。
 そんないろいろな気分を抱えながら、おそるおそる駐車場前のスナックへ向かった。すると・・・・

 左の写真は、99年、2000年の同じ場所が交互に表示されるようになっている(Internet Explorer, Netscapeとも4以上のみ対応である。ご容赦されたい。なお、切り替えは10秒おきだが、クリックすれば即座に切り替わる)。99年はは普通のカメラで撮った写真をフォトCDにしたもの、2000年はデジタルカメラで撮ったものなので、写り方が違うのは差し引いていただきたい (もっとも、そんな違いがなくとも、そもそも私はカメラが苦手なのである)。
 「・・・あれ?」
 私はまた口に出していた。そう、99年は目の前に行くまで陰に隠れていたあの石柱が、今回は見えていたのである。

 私は再び、その看板と石柱に近づいてみた。なるほど、前回訪問したときとは、看板の場所が微妙に違っている。もっともそれは「ちょっとずらしてみた」程度で、1メートルも動かしていない、ほんの30センチ、50センチというくらいのものである。
 しかしこれは、なかなか奥の深い50センチではないか。ほんのわずかの違いでも、このように見えていれば、通りがかった人がたまたま見つけることもあり得る。1年前に私が、場所を確かめてから来たのに、実際に見つけるのに難儀したことを思えば、この差は大きいのである。
 これは、ほんの偶然だったのかも知れない。だが、生誕150年を祝うエピソードの一つとして見ると、これは実に面白かった。いくら松江が歴史の香りを色濃く残す町だとはいえ、その痕跡が年々薄らいで行くのは避けられない。そんな中で、わずかに残って行くこのようなモニュメントを、本当にさりげない形で人の目にふれるように置いておくことの意味は、決して小さいものではないと思うのだ。
 1年前と同じ結びになるが、これはこれで、ヘルンの町にふさわしいモニュメントだ。思いがけず、良いものを見つけることができた。(おわり)


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